今年も終わりです。

平成19年度、2007年も後、数時間で終わりです。

今日は家族皆でお母さんのお墓へ行き、今年幸せに過ごせた事への報告、感謝の気持ちを伝えてきました。

それぞれの家族にはそれぞれの思いがあると思いますが、12月のお墓は忙しいですね。
お参りに来る家族の方は3月、7月、8月、9月と変わらないぐらいになり、お墓の供花もとても多いと思います。

明日の元旦も沢山の方がお参りに来ると思います。
昨年初めて母が亡くなってから正月を迎えて、この正月の元旦からお参りに来る人の多さにびっくりしたのを覚えています。

今年も今日で終わりと言う事で自分自身が感じた今年の中で印象に残った事を振り返ってみたいと思います。

29日の夜、テレビで「吉原炎上」と言う数年前に映画でやった物をテレビ版に編集したと言うのを見ました。
この物語は昔、遊郭があった時の話でしたが、その中で僕が経験した事と同じ事がありました。

それはある女優が演じた事に「肺結核になり余命が短くなったのですが、肺結核は移るから接見禁止になっていたにもかかわらず、何度か看病してあげ、勇気づけてあげたりして友情を暖めていたのです。ある日、火事になりその人は火事の中に飛び込んでいったのです。その時その人は自分の余命を知り、主人公(観月ありさ)に対して「もう十分、有り難う」と言う意味の事を行っていました。

これは僕が母から何度も頂いた言葉と一緒でした。
亡くなる人が自分の余命を知ってお世話になった人に対して言う感謝の言葉と思っています。

このせりふの意味に気が付く人はわずかと思います。
そして、この言葉を映画の中に入れた監督は良く考えられたと感動しました。

12月22日には「認知症の早期発見と対応について」のセミナーを受けてきました。
僕はハンディキャブと言う身体障害者への移送業務をおこなっているのでこの様なセミナーも結構身近に感じます。

このセミナーの中で面白いやり取りがありました。
主催者の人が「認知症も病気の一つ」と紹介した後、認知症の権威の人が出てきて講習を始めたのですが、その始めに「認知症は病気です」と言いきった事です。

病気である以上、治す事が可能と言う訳です。
しかし、先ほどの主催者の方の「認知症も病気の一つ」と言うのはまだ良い方で殆どの人は「年取ったのだから仕方ない」と思い、病院へ連れて行く事は少ないと聞いています。

では僕はどの様に思っていたかと言うと「付き合い方で治す事が出来る」と言う精神的な要素が多いと思っていました。
多分、それも正しいと思いますが、病気だと認識して正しい治療をおこなえば、本人、家族を含めて楽に老後を過ごせると言う先生の言葉に首を縦に振っていました。

我々はまだまだ誤解している事が多いのですね。

2007年12月31日投稿


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